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2013.04.06 私の世界
こんばんは。
明日は爆発低気圧らしいですね。
どの程度の被害が出るのか…こわやこわや…
しかしそんな中、飲み会を決行した私w
どうにかなるだろう!みんな地元民だし!w

さて、今日は。
D出版さんが、とりあえずES通ったらしく、今度面接へ…
こわい!!面接怖い!!!
なぜならほぼ未経験だから!!!
みんな最初は練習するらしいけれど、まずそもそも全て本命しか受けてないという残念な結果にw
最初だしうまくいかない可能性はかなり高いですが、とりあえず、私自身を見てもらってくる!

というか、緊張しいな私が、面接に慣れるのか謎ですがw

書店の話とか、不登校の話とか、接客とはなんぞやとか、志望動機自己PRをとりあえず話せばいいのかしら。。。
考えても仕方ない!!ので、明日は飲むぞ!w


さて、今日のお題…というか、さっき思ったことですが。
お互いの感情の共有というのは意外と難しいものだったりします。
同じ映画見ても同じ本を読んでも、感想や意見は全く異なったりもします。
だからこそ、自分と似た感覚の人というのはいろんな意味で貴重だったりもするし。

感覚が合うというのは大事。意見が合うというのもそこそこ大事。
そこにお互いの反発さえなければ、ある程度違ってもうまくいく。

さて、そこで気になるのは。
「日韓関係」です。

政治ワードはよくないのかなぁあんまり。
でも私自身政治学を専攻していたので、語るほどの知識はなくとも感覚的にはわかることもあると思う。
ので、たまにちょこっとだけ書いたりするかもしれません。

さて、先ほど読売新聞オンラインで見かけた記事。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130405-OYT1T01318.htm?from=rss&ref=rssad

日韓関係はここまで意識的にも悪くなっていたのですね。
気付きませんでした。ごめんなさい。
やっぱり日本人はどこか抜けているというか、政治的なしがらみのみで判断しない点も多いのかな?と思うくらい、韓流ブームはいまだ健在か?と思っていたので、びっくりしました。

庶民的な判断で申し訳ないですが、やっぱり新大久保のコリアンタウンはまだまだ人が多そうだし、レンタルDVDショップも韓国ドラマの取扱枠は大きいし、テレビでも午前中とか散々韓国ドラマ流してますよね。
日本人って不思議だなぁと思っている反面、ニュースで韓国への観光客激減!とかやってたりもするし。
好きには好きだけど、完璧迎合しているわけでもないのかな?と思うくらいでした。

さて。
何にびっくりしたかといいますと。
「互いの国を「信頼できない」という回答も、日本で過去最高の55%(同37%)を記録し、韓国でも80%(同77%)に上昇した。」(上記記事抜粋)

ここです。

日本人は去年まで、意外と韓国を信頼できない国だとはみなしていないのです。
韓流ブームもありましたしね。
私自身、なかなか政治的しがらみは大きいなぁと思いつつ、だからといって韓国を信頼するしないはまた別の判断では、とも思っていて、政治的要因を除けば親しみのある国だと思っているのです。

しかし、韓国側は見事に違いましたね。
去年からわずか3%の伸び。
もともと信頼されてないことに結構な驚きを覚えました。

アメリカ留学に一か月ですが参加して、韓国の友人もできました。みんな良い子ばかりでした。
もちろん彼ら個人個人が思っているわけではないのはわかりますし、日本人を、というより国を、という判断としては正しいのかもしれません。
私たち自身政府を信頼できているわけでもないですし。
急に手のひら返しても、ありうる!と思ったりするわけで。

でも、やっぱりなんとなくショックな気持ちはありました。
物事をもっと大局的に見なければならない。そう思ってはいるのですが。
日本の政府は好きでなくとも、日本は、日本人は好きでいてほしい。
でも各国から見える日本というのは、日本政府がまずありきなのです。難しいなぁ。

国としては信頼していなくとも、きっと日本人を大好きな韓国人もかなりいるはずだ!と何の確証もなく信じている私のような日本人も多いのでは。そうであると信じましょうw

国が変われば見方が変わる。
最初の話に戻りますが、お互いの感情や考えの共有というものは、やはり一筋縄ではいかないようです。
少なくとも私個人は、驚きを隠せませんでした。
…政治全く関係ないなぁw
すいません、かなり感情面の話になってしまったようです。

少なくとも私は、早く政治的しがらみがなくなり、アジアもEUのように平和的に連携協定的なものを結べないかなぁと考えています。
それだけ問題が根深いということですね。
もっともっと、私も今起こっている問題を学んでおこうと思った今日この頃でした。

ちなみに、ちょっと言葉の違いが気になったので、参考までに。
信用は過去の目に見える業績等を判断材料にし、信頼は未来における期待をこめた精神面をも判断材料に入れて、判断するという言葉のニュアンスの違いがあるようです。
(http://blogs.itmedia.co.jp/tani/2011/10/post-f5e5.html?cid=55125507#comment-55125507より抜粋)
こういった言葉の微妙なニュアンスの違いも、同時に学んでいきたいものです。


~Today's wise remark~

「一緒に生きていくこと
 
 一緒に黙っていることは素敵だ。
 もっと素敵なのは、一緒に笑っていることだ。
 二人以上で、一緒にいて、同じ体験をし、共に感動し、泣き笑いしながら
 同じ時間を共に生きていくのは、とても素晴らしいことだ。」
(出典:『超訳 ニーチェの言葉』/白取 春彦 編)

この一節は、この本の中でとても好きです。
人が、人と、共に生きていくということ。
その素晴らしさを説いている一節だと思います。

黙っていても苦ではない。それはもちろん大事なことです。
しかし、二人で笑い合えること、そのことのほうがもっと尊いものだと思うのです。
高校生の頃の私は、黙ってお互い異なることをしていても気まずくない、そんな関係を大人の関係だと、素晴らしいと思っていました。
しかし、今は、そんなことは決してない、とも思うのです。
サークルの先輩に、以前言われたことがあります。

「二人でいるときは、やっぱり二人で何かをしたほうが、きっといい関係が続くよ。」

私は少なくとも、その通りだな、と今では思います。
二人別々が楽ちんなのは当たり前。それは家族になれた証とも言えるかもしれません。
でも一方で、私達は恋人であったり夫婦であったりする。
その関係を築き続けていくコツが、二人で一緒に何かをする、ということなのではないでしょうか。

二人でテレビを見たり、二人で料理をしたり、二人でお散歩したり。
ずっとじゃなくていい。限られた時間を二人で過ごす。
その時間も、とてつもなくかけがえのないものだとも思うから。

お互いの存在を、空気のように扱うだけでは愛情は伝わらない。
だから、精一杯愛するために、二人の時間をもっともっと大切にしてほしいものです。
一緒に生きていこうとしているのだから。
少なくとも今この瞬間、一緒に生きているのだから。


それでは今日はこの辺で♪
おやすみなさい~☆


Today's song
『What Makes You Beautiful』/One Direction
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2013.04.05 最近のさぼり
まず最初に、ごめんなさい。
読者がいるいないに関わらず、更新をする予定だったのに、ずっと更新しなかったこと。
本当にごめんなさい。

やる気や努力といったものは、どうしてこんなに継続しがたいのか。
究極の謎すぎる。
でも何かの本に、習慣化するためにはかならず手を伸ばさざるを得ない状況にするといいとか。
何かのついでに、という感じのもいいみたい。

ともかく、最近やる気が出ない。。。
何においてもです。本当に困った。
楽なほうにばかり逃げたくなる、というのは人間の常、ともいえるのでしょうが。

そんなとき、なぜ久々にブログを書こうと思ったかというと、ずっと楽しみに見ていたドラマ『リッチマン、プアウーマン』のSPがこの間やりまして、今日昼間録画しておいたものを見ました。

単純といえば単純、結局ハッピーエンドなのは当たり前。

でも、やっぱり、どこか登場人物それぞれに魅力があり、恋する二人を熱演していた小栗旬さんと石原さとみさんが、本当にこちらをどこかドキドキさせるような演技をするんです。
私が単純に入り込みやすく、今までずっと見ているから登場人物に感情移入しているからかもしれませんがw
このドラマのおかげで、変わろう、と思えたし、常に前進して生きていきたいとも思えました。
愛する人のためになら、人は変われる。
常に前を向き、変化を恐れず、変化を楽しめる人間に。
私も早く、一人前になりたいな。認められたい。強く、なりたいな。

どんなことからも、ドラマやアニメや漫画からだって、その人が学ぼうとすれば必ず学べるものがある。
私はそう信じています。だから無駄な時間など一切ない!と思いながらも、勉強しなきゃとも思う。。。


さて、上の話と関連して、「単純」だからこそ響くものって確かにあると思っています。
だから私は大衆映画とか大衆文化が大好きだし、大声で「愛って素晴らしい!」と叫んでみたくもなったり。
わかりやすく響くもの、そういうものはよくマイノリティが好きな方々に辛辣な批判を食らったりもしますが。

でも、素直な心とか、ありのままに受け止める心が、多くの人に残っている何よりの証だとも思えるから。
もちろん複雑なものを否定する気はさらさらなく、それぞれ違った解釈を持って見られる文化も素敵ですし、伝えたいことがたくさん含まれている作品も好きです。

大衆文化って、ハリウッド映画のようなものだと考えています。
わかりやすくて、伝えたいこともはっきりしてる。
まずあんまりバッドエンドではなくて、観た人の気持ちがすっきりする作品が多いのかな?と思っています。

それに対して、マイノリティの文化は、絵画のようなもので。
向こうは語りかけてくれない。何かを語っていても、それ相応の知識や見方が必要。
もしわかったとしても、憶測に過ぎず、画家本人の言葉によって初めてその意図が分かる。
だから見ている側は様々な視点で楽しめる。多くの解釈も生まれる。そこに面白さがある。

だから、どちらかがどう優れているとか劣っているという話ではなく、それこそ「みんな違ってみんな良い」のです。
いろんな表現方法がありますが、大衆的なものを必ずしも批判するのではなく、また必ずしも迎合するのではなく、あくまでも自分の感性を大事にして、自分の感情の赴くままに楽しめたらいいのかなと思います。

少なくとも、人の好きなものを、批判しない人間でありたいなぁ、と思う今日この頃。


~Today's wise remark~

「子供って親に似るのかしら?
 ―それが親の最大の贈りものさ」
(出典:映画『ブロークン・イングリッシュ』/2007年 ゾーイ・カサヴェテス監督作品)

作品自体は普通、という感じでしたが、この言葉は結構好きです。
こうやって考えるところも、海外らしい。(パリの男性の言葉です)
私は、親のいいところも悪いところも見て、やっぱり私自身にもどちらも持っていること、両親とどこか似ていることに、喜びと同時に残念さもあり、どちらかというと残念な気持ちが大きかった。

自分のことが嫌いだった。家族も、特に兄弟は全く違うのに、どこか似ているところもあって不快で。
でも、最近はそうでもなくなって。
そしたら少しずつ似ててもいいかなんて思ってみたり。
そしてこの言葉に出会って、呪いのような遺伝ではなく、贈り物としての遺伝という発想に、なんとなく温かい気持ちになれた。

これはプレゼントなのだと思って、悪いところさえも愛したい。難しくとも。
私が、両親の血を継いで生まれてきた何よりの証。
自分の中に、間違いなく、父は生きているのだから。
発想を転換させれば、自分の嫌な部分も愛せると知った言葉です。

さて、そろそろ寝ようかな。
明日から、また頑張ろう。
応援よろしくお願いしますw

おやすみなさい。


Today's song
『better together』/Jack Johnson
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